コンビニ生活に警鐘 非常食、使いながら備蓄する習慣を
◆あるもので工夫
震災後、ライフラインも食料もままならない困難な状況下で、何を作り、食べていたか-。
昨年12月にまとめられた、仙台市民の食の記録集『私はこうして凌(しの)いだ-食の知恵袋-』(仙台ひと・まち交流財団発行)で、その一端を知ることができる。
缶詰を組み合わせて作ったサバのトマト煮、牛乳の代わりに粉ミルクで作ったシチュー…。アイデアに富んだ非常食からは「あるもので工夫する」ことの大切さが伝わってくる。
仙台市青葉区に住む、ベターホーム協会の料理教室講師、今野敬子さん(63)は、混乱が収まるまでの間、あるもので食をつないだ一人だ。
「自宅にあった食材をチェックし、日持ちのしないものから順番に使うようにしました。買い物をするため、長蛇の列に並ぶことはありませんでした」
直後は水や熱がいらない、そのまま食べられるクラッカーやチーズなどを口にした。ショックで、食欲も湧かなかったという。
3月16日に電気が復旧し、普通に調理ができるようになると、買い置きしておいた乾物や乾麺、真空パックのお餅などが役立った。
冷凍庫で保存してあった手作りの料理にも助けられた。今野さんは、ミートソースやラタトゥイユなど、一度にたっぷり作って、冷凍しておく習慣があった。
「ミートソースはパスタだけでなく、ゆでたジャガイモにのせたりして、いろいろと活用できた。日頃から、時間やエネルギーの節約にと、やっていたことは結果的に非常時にも役立ちましたね」
◆棚をいっぱいに
震災後、首都圏でもスーパーやコンビニに買いだめに走る人が増え、次々と食品や食材が消えた。
東京都江東区在住の管理栄養士、新生暁子(しんじょうときこ)さん(40)は、そんな様子を尻目に「特にあわてることはなかった」という。
自宅に「備蓄棚」があったからだ。幅約70センチ、高さ約2メートルの棚には、震災から1年がたとうとしている現在も、レトルト食品、缶詰・瓶詰、粉類などがびっしりと詰まっている。
神戸市出身の新生さんは17年前、阪神大震災を経験。結婚を機に上京してから、この備蓄の食料を切らしたことがない。
《自分の身は自分で守る。誰かにしてもらおうとすると不平・不満が出てくる》。阪神大震災を通して得た教訓だ。
ただ、備蓄して安心しているわけでなく、普段から活用している。
「蓋を開ければ食べられる缶詰や瓶詰は火は通っているし、味も決まっている。料理に使う際も味付けは楽だし、時短につながる。普段の食卓であと一品欲しいときに便利なんです」と、新生さんは説明する。
日常使いすることで、いざというときに賞味期限が切れていた、という失敗も防ぐことができる。
2人の食のプロは「使いながら備蓄する習慣が役立った」と口をそろえる。半面、スーパーやコンビニを冷蔵庫代わりにする生活に警鐘を鳴らす。
インスタントとかカップ麺ばっかり食ってちゃダメだなーと思ってたけど、震災の時は勝ち組ですた。
お裾分けできる余裕まであったという。
- 関連記事
-
- どこからがうざいと感じる? 「男性が使うメールの絵文字」
- コンビニ生活に警鐘 非常食、使いながら備蓄する習慣を
- 鼻血、逆チョコ、運命の出会い? 忘れられない入試エピソード

